足尾銅山と山地荒廃の歴史(その6)

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7. 森林の回復と足尾銅山の閉山


 戦後相次いで襲った大型台風が関東地方に大水害をもたらし、
ようやく治山治水対策の重要性が認識され始めました。

 昭和29年には建設省の手によって仁田元・松木・久蔵の3川合流地点に
足尾ダムが完成しました。
 長さ120m、高さ18m、計画堆砂量500万立方メートルのこの砂防ダムは現在でも
日本で最大規模を誇っています。


足尾ダム全景(1965年撮影)
林野庁前橋営林局提供写真より

 昭和31年(1956)6月、銅の製錬方法が亜硫酸ガスを大量に吐き出していた ベッセマー製錬法から自溶製錬法という方法に変わりました。  この方法は亜硫酸ガスを濃硫酸に変える設備を持っていました。 亜硫酸ガスを出さずに製錬ができるようになったのです。  これによって、明治中期以降続いた亜硫酸ガスによる煙害が解決し、ようやく 植物が回復できるようになりました。


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